プロローグ


 「オイ、ちょっとやばいよ。」
 トシオは、いざ、A学院女子短大の校門の前に立つと、急に、怖じ気づいた様に情けない声を上げた。
 「なにかさ、準備してこないと・・・。少し作戦を練ろうよ。」
 そう言うトシオの声を無視するように、三郎は、校門の方に向かってスタスタ歩き始めた。三郎も、こんな事したってうまくいくはずがないと思っている。でも、行きがかり上、とりあえず自分が引っ込みがつかないようにしておきたいと考えたのだ。だから、ここで、トシオの意見を聞いたらお終いだ。そう思って、黙って行動をすることにしたのだ。とりあえず行動あるのみだ。

 文夫や健太と別れてから、一人になると三郎は、少し冷静になって考えた。確かに、文夫の言う事にも一理ある。とにかく、ここは何が何でも、一つのことをやり抜こう。後はそれからだ。とりあえず、コンパだなと覚悟した。
 とにかく、やり抜くと決めたからは、引っ込みのつかないことをやるにかぎる。どうせやるなら、最初に思い切り恥をかいてやろう。それなら、誰か連れて行って女子大の前で、校門からでてくる娘(こ)に声をかけてやれ。

 という事で、大学仲間のトシオをつれてこのA学院女子短大の前に三郎とトシオは、立っているのだ。だから、三郎は、いくらトシオがビッビッてもそんな事にかまってはいられない。とにかく、目を瞑(つぶ)ってでも、前進あるのみである。

 三郎は、とりあえず、校門脇に立っている女の子に声をかけた。
 「あのう、すいません。」その後、何を喋ったか、三郎は覚えていない。ただ、とりあえず、話しかけられた。これで今日の目的は一応達した。後は、誰か、ツテでも捜して渡りを付ければいい。さばさばした顔をしてトシオの前に、三郎は立った。

 「ほらごらんよ。駄目に決まってるよ。皆こっちを見ているぜ。恥ずかしいからあっちへ行こうよ。無謀だよ。」そう言うと、トシオは、そそくさと校門の前を離れた。
 「だからさ、作戦を練ろうよ。とりあえず、喫茶店でも入って。」トシオがそう言うと、少し上気はしているが、さばさばした顔で、三郎が、
 「嗚呼いいよ。」と答えた。とにかくその場を離れたいトシオは、三郎の手を引っ張って大学近くの喫茶店にしけ込んだ。

 「駄目だよ。絶対にうまくいっきっこないよ。ビラとかさ。チラシとか、作ってこないと、話だって聞いてくれないよ。」トシオは、ブツブツと独り言のように繰り返した。三郎は、ボーとしながら、トシオの話を聞いていた。トシオの話を上の空で聞きながら、三郎は、もう厭だ。金輪際、こんなこっ恥ずかしい事はしないとそう決め込んでいた。
 「わかった。わかった。そうだな、今度は、何か用意してからこないとな。」最初から無理と決まっているし、まあ、自分が引っ込みがつかないところに追い込んでおかないとと思っていた三郎は、適当にトシオの話に相槌をうっていた。
 小一時間ぐらいたった頃、三郎は、面倒くさくなって。「さあ、帰るか。」とトシオに言った。

 トシオは、三郎に向かって
 「帰れないよ。帰れるわけないじゃないか。お前が、声をかけたというのに、俺が何もしないで帰れるわけないじゃあないか。」と言いだした。
 「エー、だって、お前、さっき駄目だ。作戦、考えようと言ったじゃないか。」と立ち上がりざまに三郎が言うと、トシオは、
 「そりゃあ言ったさ。でも、これとそれとは、違う。さあ、もう一度、校門のところへ戻ろう。」とそそくさと立ち上がった。
 「エー」と言ったきり、三郎は、喫茶店のソファーの上にへたり込んでしまった。

 それから数日後、三郎とトシオは、公平をつれて、また、A学院の校内をあるいていた。A学院女子短大の校門は、A学院の校庭の中にあったのだ。A学院女子短大に行くためには、A学院の校庭を横切らなければならない。

 キョロキョロと周りを見ながら公平が、
 「オイ、見ろよ。みんな、よそゆき着ているぜ。」と言いだした。
 それを聞いて、三郎は、「違う。ここでは、あれが、普段着なんだ。」と公平をたしなめた。
 「エー、だて、あれに比べれば、ウチの大学の連中が着ているのは、下着か、寝間着だぜ。」と公平が、吃驚(びっくり)して言う。
 「馬鹿野郎。そんな上等な代物じゃあない。襤褸(ぼろ)だよ。襤褸。」と三郎。
 「そういやあ、石井の野郎、一ヶ月も同じ服着てたな。」と公平が言うと、
 トシオが、「違うよ。」と言い返す。
 「何が。」と公平。
 「あいつ、その一着しか服、持ってないんだ。」とトシオ。
 「エー、ほんもんの一張羅(いっちょうら)か。」と公平。
 「襤褸(ぽろ)は着てても心は錦」とトシオが返すと
 三郎が、「洒落にならない。」と一言。

 そんな調子で気がつくと、三人は、A学院女子短大の校門の前に立っていた。一瞬、立ちすくむ三人。

 それでも、一度経験済みのトシオは、ニタリと笑うと、ツカツカと校門の中に入り、ベンチに座っている二人組に話しかけた。予想に反して、トシと、二人組とは、結構、話し込めたのである。トシオは、唖然としている三郎と公平の方を見てニヤリとした。それを見ていた、三郎も、意を決したように、一人の女子大生に話しかけた。
 そこで渋々、公平も、小走りに歩いてきた短大生に近寄っていった。
 そう、その日は、小雨が降っていたのだ。シトシトと降る雨の中、公平は、傘を差して女の子のほうに近寄っていった。公平とトシは、結構、二枚目である。少女漫画から抜け出したように足も長い。現代風である。公平は、薄い色の入っためがねをかけて、色男である。それが、そそくさと近づいていったら、相手は、スゥーと逃げた。その傍を、公平は追いかけるが、相手は、見向きもしないで行ってしまった。公平は、呆気(あっけ)にとられて、彼女の後ろ姿を見送りながら、しばらく、佇(たたず)んでいた。

 帰りの地下鉄の中で、公平は、ぼやく事、ぼやく事。
 「死にそうよ。泣きたくなるぜ。」
 三郎が、「ぼやくなよ。大げさだな。いいじゃないか。気にすることないだろう。」というと、
 「よかあないよ。お前は、声をかけられたし。トシオときたら、ずいぶんと話し込んでいたじゃあないか。狡いよ。」と相変わらず。ブツブツと呟く。トシオは、笑いをこらえるのに必死だ。急に公平が、「待てよ、次の駅の近くにY女子学院があるから、そこで、もう一回、声をかけようぜ。」と言いだした。
 あまり、しつこく言うものだから、
 「わかったよ。これっきりだぜ」と三郎は、応えた。
 「そうと、決まったら。降りようぜ」と公平。
 どうせできこない。こんな事やっても無駄なんだけど、どうせ、乗りかかった船だと、三郎は、公平に続いて、ホームに降りた。

 そして、Y女子学院の校門の前に、三人の女の子が立っていたのだ。

 嘘だ。三郎にとって驚天動地の出来事だった。できたのだ。コンパが。絶対に駄目だと思い込んでいた三郎には、衝撃的な出来事だった。それは、人生を変えるほどの。Y女子学院の校門の前に立っていた女の子達と、ついにコンパが実現した。

 Y女子学院とのコンパが終わった後、家のベットに倒れ込むと、三郎は、終わったと思った。とりあえず、コンパはやった。文夫の野郎、ざまあ見ろ。でも、とにかく、やると決めた事はやった。これで一応、面子が立つと三郎は、確信した。
 終わったと思った。それが間違いだったと気がつくのに、それほど時間は、かからなかった。終わりではなく。はじまりだったのである。それも、えらい間違いのはじまりだったのである。


 とにかくやってみよう。
 やってみなければわからない。
 やらなければ、はじまらない。
 とにかく、最初の第一歩を踏み出すのだ。
 黙って、一人で考え込んでいても何も変わりはしない。
 自分を信じて、とにかくはじめよう。

 何にでも、誰にでも、はじまりはある。
 最初から上手くできる奴なんていやしない。
 要は、早いか遅いかの差に過ぎない。
 早くやった者の方が、格好が付く。
 でも、ただ早ければいいと言うのでもない。
 物事には、順番がある。順序がある。
 恋も知らずに、経験が先走れば、
 本当の恋を知った時、後悔する。
 やってしまった事は取り返しがつかない。
 愛は、心の中にある。
 肉欲の中にあるのではない。
 心の中にある思いを大切にしよう。
 純な部分を捨ててはいけない。
 愛は、情けなのだ。
 何事も最初が肝心。
 最初にボタンを掛け違うと、後悔しても取り返しがつかない。
 たった一度の経験は、大切にしよう。
 たった、一度の人生なのだから。
 取り返しのできないこと。やり直しのきかない事って沢山ある。
 だから、はやる気持ちを抑えて、自制するんだ。
 そして、それでも、勇気を出して、しっかりと第一歩を踏み出すんだ。
 始めなければ、始まらないのだから。





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