男と女


 人は、なぜ、これ程まで臆病になってしまったのだろう。
 何に脅え(おびえ)。
 何を恐れる。
 過去に犯した過ちを怖れてばかりいたら、
 未来に目を向ける事すら出来はしない。

 確かに、別れはいつか来る。
 しかし、愛する事の確かさは、失われたりはしない。
 愛の記憶は、色褪せたりはしない。
 一度たりとも人を愛した事のある者なら、
 明日を信じて生きていく事ができるはずだ。

 傷つくことを怖れていたら人を愛する事などできはしない。
 自分だけが傷ついていると思うな。
 相手だって傷ついている。
 確かに、愛は、人を傷つけもする。
 愛する事で傷つきもする。
 でも、人を愛せなければ、生きる喜びを知る事はできない。

 傷つき、苦しみ、悩み。
 そこからはい上がった時、人は強くなれる。
 愛は、人の心を陶酔させ、惑わせ、
 我を忘れさせるような、麻薬のようなものではない。
 愛は、幻想ではない。現実。
 時には、古傷をかき回し、
 心の奥底に鋭く突き刺さることもある。
 激しく傷つけあうこともある。
 身を焦がす想いに身悶えることもある。
 愛は、逃避ではない。
 快楽に身を委ね。
 淫欲に何もかも忘れてしまう。
 しかし、それは愛ではない。
 愛は、現実から逃れることではない。
 むしろ、現実と対決する事。

 愛は、戦い。自分との戦い。
 崩れていこうとしていく自分との戦い。
 欲に溺れていく自分との戦い。
 快楽に我を忘れようとする自分との戦い。
 落ちていこう・堕ちていこうとする自分との戦い。
 この世に妥協しようとする自分との戦い。
 世に阿(おもね)り、迎合していこうとする自分との戦い。
 自分の弱さとの戦い。
 嗚呼、これで良いとする自分との戦い。
 諦めようとする自分との戦い。
 逃げようとする自分との戦い。
 離れていこうとする自分との戦い。
 捨てようとする自分との戦い。
 隠れようとする自分との戦い。
 他人の性にしようとする自分との戦い。
 我が儘な自分との戦い。
 相手を支配しようとする自分との戦い。
 愛する者を護るための戦い。
 自由になるための戦い。
 自立するための戦い。
 無理解さとの戦い。
 愛は戦い。愛するための戦い。

 なぜ、泣くの。遠い別れを思ってか。
 薄れいく記憶や想いを、憐(あわ)れんでか。
 それは、悲しみ。それは、苦しみ。それは、切なさ。
 愛される事に怯え。
 愛する事を怖れる。
 それは、自分が傷つく事が辛いからか。
 絶望したくないからか。
 愛を失う事が怖いのか。

 それは、違う。
 人を愛するから、強くなる。
 人を愛するから、希望が持てる。
 人を愛するから、生きる喜びを知る事ができる。
 人を愛したから、今がある。
 人を愛した記憶は、人を強くする。
 その記憶は、時とともに純化され、強い確信になる。
 生きる希望となり、自信となる。
 愛は、燃えさかる炎の中から不死鳥のように蘇る。
 だから恋をしよう。
 愛を信じよう。







                            
                   


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